【本】#049 「ことば」の平成論 天皇、広告、ITをめぐる私社会学 / 鈴木 洋仁

「ことば」の平成論 天皇、広告、ITをめぐる私社会学
「ことば」の平成論 天皇、広告、ITをめぐる私社会学

平成の最初から最後までを生きてきたわたくしですから、この本を手に取るのは自然です。

本書は天皇の「ことば」、広告の「ことば」、ITの「ことば」から、著者の「私社会学」を総括する内容です。
「私社会学」とある以上、著者の視点から平成の社会を見ています。この「私社会学」という考え方は、以前にご紹介した「社会学 わたしと世間」に基づいていると本書で言及されていました。かつて読んだ本がこのように(偶然に)紹介されるのは、面白く嬉しいものですね。

さて、この本ですが、全体をとおしてあまり印象に残らず、結局「平成」も「ことば」も、著者の主義主張が感じられませんでした。
著者は「平成」が時代としてどういうものであったとしたいのか、「平成」という時代をとおして何が言いたいのか、その時代の「ことば」に何を見い出したのか、よく解りませんでした。当然にこれはわたくしの読解力の問題です。ただ単純に、わたくしにはそれが読み解けなかった、という話です。

「平成」とは「昭和ではなかった時代」という定義、「昭和」とは明るい未来のある時代、つまり「平成」とはそういうものがなかった時代、そう定義できるという文脈と論述はとても納得できます。この定義自体はとても面白いし共感できます。
しかし、その一歩先の考察が欲しいところでした。バシッとした結論がないように読め、全体的に散漫な印象の本書でした。まるで「私社会学」という本書のタイトルが、そのエクスキューズに使われているかのよう。

ところが、この散漫な印象、エクスキューズから始まる内容、そして「私」の社会。これこそが「平成」そのものであるとしたら……!
そう、「平成」とは「昭和ではない」、「『大黒柱』や『中央』や『骨子』みたいなもののない時代」である、ということを、著者は本書で主張としているのであれば……!

本書を読み終え、わたくしがこう思った瞬間に、著者の思いをすべて受け止めることに成功した気がしました。本書への印象が180度変わった瞬間です。すごい本だ……。

つまり、「平成」は、考察するだけムダな時代なのかもしれません。
「『いろいろあったけど結局のところ何もない』のが平成である」というのが著者の総括であり、それをまとめている本書。

昭和の惰性といえるこの時代、大事なことは何も変わらなかったこの時代、社会や災害から「私」を守ることに精一杯となったこの時代。
個々に分断された「平成」は、『時代』という範囲で語れることは何もない、ということなのでしょう。個々に分断されなければ、「絆」なんてことばがフォーカスされることもなかったハズです。

本書から得られる情報や論説は少ないかもしれません。ただ、平成とは何だったかをその何十倍も「考える」ことになる本書。オススメです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です