入場規制中の南越谷駅で垣間見る人間模様

先日の出勤中、JR武蔵野線が運転見合わせになっていて酷い目に遭いました。(参考)

当初は原因も解らず、JR南越谷駅から溢れた利用客が隣接する東武新越谷駅の改札口まで並ぶという状況に、ただならぬ事情を感じました。
わたくしはなんとか東武の駅ビルを脱出し、滞留している利用客を避けるように大回りし、JR南越谷駅の入口まで辿り着きました。それでも溢れる利用客。異音感知かなにかで、駅への入場を規制しているもよう。
駅の周りには、掛け値なしに千人単位の人間がギチギチになって待機していました。

その時間帯の利用客には学生が多く、「なになに? また止まってるの?」と突然のイベントをあるがままに受け入れ肯定し、混雑しているそのようすをスマートフォンで撮影したりしていました。
さらには「あっちでモンスターエナジー配ってるって!」という日焼けした男子学生の声につられて「まじで?」と駆け出す学生たち。自由だ。そして楽しい。

ヘイトを溜めているのはどちらかといえば高齢者たち。
「もっと大きい声で言わないと聞こえないでしょ!」と状況を説明する駅員さんの声量について指導するババアや、「何がどうなってるんだ! 早く駅に入れろ!」と無関係な警備員さんに詰め寄るジジイ。ババアとジジイは激昂するだけ激昂し、駅から遠ざかっていきました。なんなんだ。駅 使わないのに激昂?

ものすごい混雑をちょっと楽しむ学生たち、「これはいつまで待ちますかね?」とふつうのテンションで駅員さんに問いたりただ静かに待つ大人たち、そして激昂する一部の高齢者。
ネガティブに和を乱すのは決まって高齢者。これだから老害って言われちゃうんだよな。

年齢を重ねると、いままで見えなかったことがなんとなく見えてきたり、他者の幼さや至らなさにイラ立つこともあります。最近(30代中盤を過ぎて)それが解ってきました。
でも、それを振りかざして他者を貶めるのは結局「大人になっていない」ことだと思うので、前述のようなババアやジジイにはならないようにしないとな、と強く思いました。
人間はみんなそれぞれ異なっていて、当然みんな自分の見える範囲でしか見えていないんだ。2歳は2歳の範囲しか見えないし、14歳も21歳も29歳も36歳も同じ。まだ見ぬ45歳も52歳も67歳も81歳もきっとそう。それぞれの立場を慮って触れ合うことが重要。当たり前だけど。

わたくしはただ、「老害」って言われちゃうのがまじでこわいのです。

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