照明を消したのは「誰」?

朝、自宅のトイレットでサムシングを終え立ち上がろうとした刹那、照明を消されました

ドアノブをひねり損ねた「ガチャッ」という音とともに、闇におちるトイレット内。「あっ、ちょっとー!」と叫ぶわたくし。
照明を消されると、思っていた以上の暗闇になるんですね。朝だろうがなんだろうが、驚くほど暗い。
トイレットからほうほうの体(てい)で抜け出し、「酷い目に遭った」と妻に抗議するも、寝起き直後のためかあまり聞いていないようです。その後もぜんぜんトイレットに入っていこうとしない。

もうぜんぜん意味が解りません。
トイレットに入ろうとしたけどわたくしが入っていたため入れなかった。わたくしがトイレットから出てきた。条件は成立したのです。妻はすぐにトイレットに入るべきです。
なのに、ぜんぜんトイレットに入ろうとしない。こんなにも「ぜんぜん」を連呼するくらい、すべてがありえない。

しばらく時間が経過し、なんというか、ちょうど「ぜんぜん関係ない」タイミングで妻はトイレットに入っていきました。なんかムカつくな〜、照明消してやろうか

その後、妻は外出していきました。

その日の夜、外出先から帰宅した妻と食事をしつつ「けさ、ぼくがトイレ入ったのにあなた電気消したじゃないですか、あれすぐトイレから出るタイミングだったからよかったけど、中からだと電気点けられないから間違って電気消したらすぐ点けてよ」と、あらためて抗議しました。

「なにそれ? そんなことあったっけ? いつ?」

いや、トイレット入ろうとして入れなかったでしょ…? そのとき照明を消したでしょ? 「ちょっとー!」ってぼく叫んだじゃない。

「ぜんぜん覚えてない。そんなことあった?」

えっ、じゃあ照明を消したのは「誰」?

妻は真顔で一連の操作を否定。
「トイレの照明を消したのが妻以外」と考えると、上記のすべてのつじつまが合います。なんかムカつくタイミングでトイレットに入っていったのも、理解できてしまうのです。
そして当然、「妻以外が照明を消した」ことを、わたくしは否定することができない。論理的には「妻以外が照明を消した」蓋然性を、わたくしは容認しなければならないのです。
さらにいうと、いまここにいる「妻」と、けさ照明を消したと推定される「妻」の、「自己同一性」も。

つまり。

「アイデンティティ」で検索するとこうなるよね
「アイデンティティ」で検索するとこうなるよね

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