最初は愚

わたくしが小学生のころ、じゃんけんタイミング合わせのかけ声は、人並みに「最初はグー」でした。ドリフターズ発祥のかけ声らしいですが、いやはや便利ですね。

しかし状況が一変したのは、友人のSくんのあだ名が『愚民』になってからです。あだ名が『愚民』というのも一線を画していますが、『愚民』と呼ぶ側も呼ばれる側も、一定の理解を示していました。理解するんじゃないよ、小学生のころのわたくしよ。

すなわち、じゃんけんのかけ声が「最初は愚」となったのです。

「最初は愚」とかけ声があがり、じゃんけんをする者たちはみな、思い思いの愚かさを表現します。だいたいが変なカオをしたり、暴れて狂人を演じてみたり。
ひとしきり愚かさを披露したあと、また「最初はグー、じゃんけんぽん」とやるのです。「最初は愚」のシーンの無意味さよ。

ただ大人としてなったいま、「最初は愚」とは、本質を突いたメッセージだな、と思います。
最初は誰もが愚鈍であり、そして純粋です。時間の経過とともに物事のセオリーが見えてくると、愚かさはなくなりますが、すこし狡猾になってくるかも解りません。
またわたくしたちは、「最初は愚」であることを念頭において人と接すれば、すこし余裕やゆとりのある世界になるかも解りません。組織の中のすべての人が、高いレベルのサービスや技術を提供するとは、限らないのです。

「最初は愚」、そこから始まるじゃんけんという、運を多分に包含した勝負と優劣。運を包含した勝負によって決まる優劣とは、資本主義社会そのものです。
25年ほど前のわたくしたちはすでに、その後の社会を見据えていたワケは、ございません。こんなの詭弁。ただの悪ふざけ。

だいたい『愚民』ってあだ名はなんなんだ
だいたい『愚民』ってあだ名はなんなんだ

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