「現状維持」は、究極の自己肯定だと思う

最近、STAY HOMEだったり仕事が落ち着いてきたりで時間ができたので、10年くらいぶりに作曲の趣味を再開しました。

あたらしく作曲ソフト(DAW: Cubase)を買ったり入力用のMIDIキーボードを揃えたりむかし使ってた20年前の音源モジュール(KORGのNS5R)を引っ張り出したり、10年くらいぶりに真剣に取り組んでいます。
完成した楽曲は10年どころか作曲の趣味を始めた20年前に作ったものと変わらない感じがして、「ああ、自分が作る曲ってやっぱり変わらないな」と思いました。そして1曲作るのにかかった時間も、20年前とそこまで変わらなかった。
つまり、現状を維持できていた、ということです。

タモリさん(タモさん(タモさま))の座右の銘に、『現状維持』という言葉があります。
一見すると保守的であまりいいイメージのないこの言葉ですが、現状維持って実はとても難しいと思うのです。

人間は生きていると、どうしても為すべき要素が増えてきてしまいます。
学生から就職し、結婚、子育て、とライフステージが変化すると、新しく考えたり悩んだりすることが増えていきます。相対して自由な時間は減少していくでしょう。24時間のエリアが、自分のしたいこと/したくないことにかかわらず、数多くの要素で勝手に埋まっていきます。そのうえ、年齢を重ねることでいろいろ「できなくなってくる」ことも増えていきます。

そのなかにあって、どうでしょう。「現状維持」って可能なんでしょうか。
わたくしは38歳になり、多くの「もうやらなくなっちゃったけど」「もうできなくなっちゃたけど」「なかなか続けられないけど」の言葉を、知人から聞いてきました。
当然、みなさん忙しい。割けることのできる時間は決まっていて、要素が増えてくると「やらない」「できない」「今日はやめる」を判断していかなければなりません。
そういう意味において、「現状維持」って本当に難しいと思うのです。

わたくしは10年くらいぶりに作曲の趣味を再開し、20年前につくったような楽曲がDAW上で流れています。20年前の現状を維持していて、変わらない。楽器の質とか作曲しやすさとかは向上しているので、その分においては前よりよくなっているかな。(Cubaseいろいろできてすごいっすね)
これでよかったし、これならよかった。

「現状維持」でも、それができれば上等です。
世間は「向上心をもて」「上を目指せ」と躍起です。でもわたくしは、現状維持で充分だと思います。現状を将来にわたって寸分違わずキチンと維持できていればおそらく、それは「向上心」というなんだかよく解らないものに変換することも可能でしょう。

なにより「現状維持」って、究極の自己肯定ですよね。
いまの自分を認めていないと、それを維持することができないし維持したいとも思わない。自分で自分を認めるのは、人間が心身ともに健康に過ごすうえで大事なことだと思います。「現状維持」、大事だな。
逆に、「向上心」って自己否定になるのでは?

作曲の趣味を再開し、思いがけず「現状維持」のありがたさと素晴らしさ、そしてタモリさん(タモさん(タモさま))の偉大さに気づいたのでした。
タモリさんの「作者」である赤塚不二夫先生の言葉を借りるなら要するに、「これでいいのだ」ですね。

やってる風の風景
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