改元で思い出す、気持ち悪かった幼稚園児

今日、2019年4月30日で平成が終わります。

近代以降 天皇の死とともに突発的におこなわれてきた「改元」が、こうして計画どおりになされるようになったことは、各方面にとってもありがたいことでしょう。
新しい時代の始まりを手放しに祝福できるというのは、「改元」という言葉の構成にも合致しているとわたくしは思います。

改元にうかれたペヤング
改元にうかれたペヤング

改元にうかれて発売された金粉入りのペヤングがまったく売れずに半額で投げ売りされていたのも、近い将来「あれはなんだったんだ」と思い返されることでしょう。
仮にこれが天皇の死に並存する「改元」であったならば、このような商品が店頭に並ぶことは絶対になく、同時に「まったく売れずに半額で投げ売りされる」というトホホな現象が巻き起こることもなかったのです。かなしみの伴わない時代の節目だから、「金粉入りのペヤングが売れなかった」を純粋に面白く感じられてうれしい。

わたくしは1982年生まれであり、昭和でいうと57年生まれです。昭和から平成に変わる時代の変化の思い出も、当時幼稚園児であったわたくしの、おぼろげな記憶の中にあります。
昭和末期、病に伏せた昭和天皇の状況がテレビのニュースで繰り返し伝えられていたことも覚えています。血圧や脈拍の数値、下血の有無などが逐次報道されていました。いま考えると「そんなことをそんな頻度で報道する必要があるのか」とも思いますが、テレビ放送が始まって以来の事態ですから、報道の在り方も模索されていたのでしょう。

幼稚園児であったわたくしにとっては、その事態が「偉い人のいち大事である、だからこんなにニュースになっているんだろう」という認識はありましたが、『天皇』の日本国家におけるポジションを理解していませんでした。まあ、当然ですけれど。
国家における最高代表者、つまりいちばん偉い人は総理大臣だったハズ。ではなぜ、そのポジションにない天皇の死にゆく事情が、ここまでつまびらかに報道されているのか。
幼稚園児のくせに、なぜか「社会」や「国家」に興味があったのです。過去のわたくし、本当に気持ち悪い幼児だったな。

わたくしは母親に尋ねました。「日本では、総理大臣と天皇陛下は、どっちが偉いの?」。
幼稚園児が世相を斬った瞬間です。

母親「お父さんがいちばん偉いって思えばいいのよ」

100点の回答、出ちゃいました。

幼稚園児として気持ち悪い質問をしてきた子に対し、最高の回答を返す母。
いま考えるとかなりのファインプレーです。

当時のわたくしは「A or B」で聞いたのに「not(A and B)」と回答され腑に落ちなかったのですが、同時に「あっ、なんか聞いちゃいけないことを聞いたのかも」と思い、この件を自分のアタマの中の「エッチな質問」フォルダに格納してしまったことは、言うまでもありません。

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