初めての釣り

釣り糸を垂らし、時間の経過を楽しむ。流れる雲、そよぐ風、鳥のさえずり。
やがて浮きに当たりがみえたら竿がしなり、元気なサカナを引き揚げる。釣りの醍醐味です。

こう書いたものの、本格的な釣りはしたことがありません。ぜんぶ想像。
釣り経験を強いて挙げれば、いちど釣り堀で釣りをしたくらいです。

生前の父親と一緒に日光かどこかに旅行に行った際、そこにあった釣り堀で釣りをしたことは覚えています。たしか小学生くらいのころ。記憶にある釣りの経験は、この唯一です。

釣り糸を垂らし、父親とのんびり時間の経過を楽しみます。
堀の深さが解らなかったので、とにかく釣り糸を長くして垂らしました。泳いでいるエサとカン違いしたサカナが食いつくように、竿を左右に揺らしたりもしました。

しばらく待っていたその時、ふと手応えを感じました。初めての釣りで、初めてのサカナを引き揚げられるかもしれません。
「お父さん! 釣れたよ!」と松岡少年は興奮しながら釣り糸を巻き上げます。

バチャリ。やった!
わたくしは、わりと大きなサカナを引き揚げたのです。

あれ、死んでる?

ピクリとも動かないサカナ。よく見ると、釣り針はサカナのクチではなく、腹のあたりに刺さっています。死体を釣り上げた…?
わたくしの思っていた釣りの醍醐味とはかけ離れた現実が、そこにありました。

「釣り糸 垂らしすぎなんだよ。底を浚(さら)っただけだな」

父親の的確な解説は、わたくしの心を突き刺し日光の澄んだ空へと抜けていきました。
初めての釣りで初めて釣り上げたのが死んだサカナだという現実でさえ充分にかなしいのに、蓋然性の高い事情を父親は解りやすく説いてくれました。

その後、1匹も釣れずに宿に戻ったことは、言うまでもありません。

これが唯一の釣りの思い出
これが唯一の釣りの思い出

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